平成24年10月21(土)〜22日(月) | |
今回の第10回全国三喜会は、東京開催を予定しておりましたが、 、古希を迎える卒業50年を、ぜひ盛岡 で開催したいことと、昨年の東日本大震災を実際にこの目で見て被災地に対する復興支援したいとの思い が、実行委員会で出された結果、盛岡の開催となりました。 準備が、東京主体で行われ盛岡はその手伝いと言うことで開催にこぎつけました。 東京の実行委員会の皆さんご苦労様でした。 |
|
【 第一日目 】 10:50 JR盛岡駅西口バスターミナルに集合した34名は、バスで盛岡城跡(不来方城址)公園に向けて出 発。 11:15 菜園側から公園を上り、本丸〜二の丸へ散策。啄木の歌碑「不来方のお城の草に寝ころびて 空に 吸われし15の心」の前で記念撮影と校歌斉唱。 桜山神社の参集殿で昼食後、盛岡歴史文化館(館長は、畑中美耶子さん)を見学。畑中さんの案内 で館内を見て回りました。 13:15 盛岡歴史文化館を出発して、岩山展望台へ移動。 13:45 岩山展望台に到着し、盛岡市内と岩手山(雲がかかっておりましたが)を眺望。故郷の変わりようにビ ックリ。啄木望郷の丘の散策と記念写真。 14:15 岩山展望台を後に母校盛岡一高へ 14:45 盛岡一高・白亜記念館を視察。昔懐かしい先人たち等の資料をじっくり拝見。現在の校舎を前にまた 記念写真。 15:30 盛岡一高を出て、光原社へ 15:45 光原社着(宮沢賢治ゆかりの資料の視察)。光原社は、同期の及川隆二さんの家。残念ながら、資料 が他への貸し出しで少なく、また隆二さんは風邪をひいて・・・・ その後、北上川沿いに懇親会場のホテルメトロポリタン盛岡本館へ。 17:00 懇親会の受付を開始 17:30 最初に全員で記念撮影。(残念ながら、須藤鷹千代さんが遅れて入らず) その後、懇親会を開会。参加者69名。恩師の押切恭一先生と本堂寛先生も参加。 司会の駒井信行さんの開会の挨拶に始まり今まで亡くなられた同期生と震災の被害者に黙祷。 続いて、三喜会代表の村井軍一さんより挨拶。乾杯を東智子さんにお願い。 今回全員のテーブルに袋に入った物が置かれておりました。これは、この日のために収穫して持参 した南澤毅さんの岩泉のマツタケが、1本ずつプレゼントのサプライズを紹介。皆感激。 さらに、金濱興一さんより寄贈された「幟」が紹介され、本人よりその経過が紹介されました。 もうひとつ、今回参加できなかった森三沙さんより依頼の「賢治記念碑建立募金」の話が有り、募金 が行われました。 恩師の両先生から挨拶が行われました。 その後、アンサンブル演奏が行われ、しばし歓談に入りました。 (久しぶりに再会した友・今まで会話もしたことも無かった同期生との会話・・・・・・・・・・・) 恒例の各クラスごとに壇上に上がり個々人の紹介が行われました。 時間の関係もあり、高橋盛佳さんと飯島仁さんによる校歌とエールの交換が行われ、最後に実行委 員会を代表して、八重嶋史生さんより締めの挨拶(開会にこぎつけた経過紹介を含め)で終了しまし た。 今回、三喜会の全国大会は、いつまで続けたらいいか?と言う話も出て「70(古希)が今回なので三 喜会の7がもう二つ残るので77(喜寿)まで続けよう」と言うことになりました。 20:00 懇親会の終了 20:20 二次会開催 会場の向いの部屋で、新幹線で帰る人や懇親会だけで帰る人を除く約30人が参加。 懇親会で話が尽きなかった話題で花が咲きました。 名残は尽きませんので、明日またと閉会。 21:40 二次会解散 |
|
【 記 念 写 真 】 | |
【 第一日目の日程プログラム 】 | |
【 金濱興一さんの三喜会「幟」寄贈の文書と幟 】 | |
【 盛岡城跡 】 | |
啄木歌碑前での記念写真 | 啄木歌碑前で校歌斉唱 |
【 桜山神社 】 | |
桜山神社で昼食 | 桜山神社で昼食 |
【 盛岡歴史文化館 】 | |
歴史文化館前で記念撮影 | 歴史文化館・館長(畑中さん) |
【 岩山展望台で 】 | |
岩山・啄木望郷の丘前で | 岩山展望台で |
【 盛岡一高 】 | |
盛岡一高・現在の校舎 | 盛岡一高前での記念写真 |
【 懇親会 】 | |
実行委員会(八重嶋さん)の挨拶 | 白亜三喜会代表(村井さん)の挨拶 |
恩師(押切先生)の挨拶 | 恩師(本堂先生)の挨拶 |
1組 | 2組 |
5組 | 6組 |
7組 | 8組 |
幟を寄贈して説明をする金濱さん | 金濱さん寄贈の「幟」 |
このどぶろくは美味しいね | 恩師と和気あいあい |
校歌斉唱 (高橋さん) | エール (飯島さん) |
第二日目はここから |